ワールドカップ始まったはいいけど^^
初戦負けちまいましたねー><残念
まぁ、私、試合は見てませんでしたがねw悪しからず^^
んで、なに見ていたかって言うと^^
これ^^
ル・マン24時間耐久レース^^
14日の22時から15日の21時くらいまで見てました^^
さすがに全部見ることはできなかったです^^;が
それでは「ル・マン24時間耐久レース」について説明します^^
1923年からづづく、世界3大レースの1つ^^フランスのル・マン地区にあるブガッティサーキットと近郊の一般道を合わせた通称サルトサーキットで行います^^
コースの特徴は「ユノディエール」と呼ばれる6kmの直線^^1988年から速度域の危険性により2箇所のシケインが作られました^^
開際当初はドライバーが車に乗らない状態からスタートする「ル・マン方式」が車としての本質を試す為として採用されていました^^
このレースでは各メーカーの最新技術を競うことができ、世界多数の自動車メーカーが参加しています^^
過去の優勝車はポルシェが16回で最多、近年で勝利数を稼いでいるアウディが続く14回で2位^^
日本車メーカーは1991年にマツダが一度総合優勝したきり^^
世界中が注目するレースだけあった^^現地は町ごとお祭り騒ぎwですが悪夢の年もありました><
耐久レースファンなら「1955」で通じるはずです^^
1955年6月11日18時28分、トップを走っていたジャガーのマイク・ホーソーンが周回遅れのオースチン・ヒーレーを抜いた直後に急減速してピットイン^^
後続オースチン・ヒーレーのドライバー、ランス・マクリンがよけたところへメルセデスを運転するピエール・ルヴェーが避けきれずに衝突し乗り上げ^^
空中へ飛び上がった。ルヴェーのメルセデスはグランドスタンド側壁に衝突し車体は分解し炎上、衝撃でエンジンとサスペンションがそのままの勢いで観客席に飛び込み、観客・スタッフ、そしてルヴェーも含めて
86人が死亡、約200人が重軽傷という大事故となった
ちなみに、このレースは事故後も続行された^^;
「たとえどんな惨事が起きようとも、戦い続けるのがスポーツのルールである」ことが続行の理由
で、レースを中断すると帰路についた観客がサーキットの周りや周辺道路を塞ぎ救急車が動けなくなるといった事態を防ぐための主催者側の判断でした
皮肉にも優勝者は大惨事のきっかけとなったマイク・ホーソーンでした><
こんな惨事も起こりかねないレースも近年では死亡事故は確実に減り^^
レースでの安全性が実用性へと変わっています^^
今年のレースでは予選の最中優勝候補であるアウディの1号車のドライバーロイック・デュバルがポルシェカーブでクラッシュ><
270km/hという超高速コーナーでコントロールを失いコンクリートバリアに衝突マシンは真っ二つ大破しました><
ですがドライバーのロイック・デュバルはまさかの軽症^^
ルマンカーの安全性の証明とアウディの信頼を持つことになりました^^
今の自動車の安全性はレース由来の過去の教訓からきていると思うとレースを見る目の一味変わりますね^^
今年のルマンは期待のジャパンワークス勢は残念でしたが今から来年に期待して皆さんも24時間がんばってみてみてください^^
おまけ^^
【これであなたもルマンレーサー!!】
by.24時間耐久yamahata